暗いぐらいの家 #7 よく聴く設計士

クールでもなく、キュートでもない。モダンでもなく、トラディッショナルでもない。豪華でなく、貧相ではない。大きすぎず、小さすぎず、ときに余計で、ときに少し足りない。こういうありかたを、人はなんていうだろう。等身大、ありのまま、素。どれでも良い気がするけれど、どの表現も意味を持ちすぎてしまっているので、敢えてこう呼ぶことにしている。「なんでもない」。

 

 

夏の終わりから晩秋まで、3ヶ月に渡って書きつづけた「構想編」が終わり、第2章への継続が決まったとき、副題を「選択編」と名づけた。思い描いたものを実現するために、次にすべきことは、どの道を通ってそこへ向かうのか、その取捨選択だと思ったから。

 

さて、家づくりの場合、ぼくら施主がまず選ぶことになるのは、「どこに建てるか」だと思う。その話は、構想編で少し触れたから、ここでは割愛する。次にぶつかる選択肢は、たぶん、「誰と建てるか」だ。メーカー由来の家なら住宅メーカーを、オリジナルの家を建てるなら建築家や設計事務所を選ぶことになる。

今回、ぼくは、ゼロからオリジナルの家を建ててみたかったから、住宅メーカーは選択肢になかった。で、まず、考えたのが、建築家。お金がまるでないから、直接の知っている建築家や、友人知人の伝を頼れる建築家か、と探しはじめた、その頃。あるとき、知人が、ぽろり、言ったのである。「建築家に頼むのってデザインでしょう、自分でやったらいいのに」

その助言が正しいものかどうか、ぼくは知らない。なぜなら、何度も言うように、正しいか間違っているか、じゃないからだ。結果的に正しかったか間違っていたか、だ。選ぶ時点では、何も決まっていないのだ、本来は。もしもそのことを気にするのなら、正しかったと言える結果を、導き出せるよう、力を努めればいい。

というわけで、それもそうだ、と思ってしまったぼくは、ついに、家のデザインを自分でやることにした。住宅メーカーも、建築家も、必要なくなった。しかし、ぼくは図面が引けない。こればかりは人の手を借りたい。

そこで、白羽の矢が立ったのが、松本市の設計事務所「リスと設計室」だった。

 

 

 

 

 

 

 

代表で設計士の横山奈津子さんは、昨年、長年働いた建設会社からの独立を決め、事務所のネーミングから、CIや名刺のデザインを、ぼくに依頼してくれた。

ネーミングやデザインにあたって、ぼくは毎回、仕事のジャンルや内容はさておいて、仕事に対する理想の姿勢や、なぜその仕事を選んだのか、その初志を訊くようにしている。

横山さんのそれは、とても印象深かった。どんな家を設計したいとか、どんなリフォームを手がけたいとか、そんな感じかしらと思っていたら、彼女はひと言、「お客の話をよく聴きたい」と言った。目の前の事象からすっと離れて、自分の初志を辿れる人、それを平易な言葉で表せる人は、この世の中、そう多くない。この仕事は面白くなる。そう感じた瞬間だった。

彼女にお願いした理由の一つは、その「よく聴く」設計士と、この家を一緒に考えてみたかったから。

 

 

 

 

 

横山さんがまだ社内設計士だった頃、彼女が主に手がけていたのは、オフィスビルやマンションなどの設計だった。そう、つまり、彼女はこれまで新築・一戸建ての設計をしたことがない。ぼくが彼女に声をかけたもう一つの理由、それは、彼女の「未経験さ」だった。

月並みだけれど、人生は、冒険だと思う。冒険には、手堅く進むべき局面と、踏み込むべき局面がある。所有を嫌う人生から一転、家を建てることを選んだ時点で、もうすでに一歩踏み込んでいた。だったら、その冒険を伴にする設計士も、一緒に踏み込んできてほしいと思った。わからないことは、一緒に勉強する。見たことのないものは、一緒に見に行く。選ぶときは、それぞれの経験と感性を持ち寄って、決める。

大半の間取りを描いたラフデザインを手渡したとき、ぼくは、彼女に、「なんでもない家にしたい」と伝えた。「少し暗いぐらいのほうがいい」という注釈は、その後だったと思う。建てる家が「なんでもない家」なら、建てるぼくらも、まず「何者でもない」視点から、この家を、仕事を見つめたい。余計な経験や時に横柄な正解に道案内を頼むより、野を掻き分けながらでも、ぼくと妻、そして横山さんの三者のあいだに自然と立ち上がってくる、その家を建てたい。出会ったタイミング、それぞれの置かれた状況が、合っていた。

ぼくの実現したいいくつかのポイントを、ラフなデザイン案とともに手渡し伝えた上で、設計士として、もしもやりたいことがあれば提案してもらえたら、ともお願いした。そして、それを採用するかどうかは、協議の上、決めることにした。

 

 

設計を頼んでから、一ヶ月で最初の図面が、二ヶ月で最初の模型が、届いた。

 

 

 

 

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