豊かな血肉
いい映画があり、いい歌があり、いい画があり、いい詩がある。
そのすべてに触れ、ぼくらはそれぞれにそれぞれの感動を覚えるのに、
なぜぼくらはそのすべてを受け取らないのだろう。
そのすべてに覚えたそのそれぞれの感動を、なぜ忠実に自分のものとしないのだろう。
それだけで十分なのに、なぜそれ以外のいったいなにを追おうとするのだろう。
あのいい映画と、いい歌と、いい画と、いい詩を、なぜぼくらは
自分の日々や肉体や心が暮らす部屋とは別の部屋に隔て、閉じ込めようとするのだろう。
そんな生きかたは、なによりも貧しい。
あのいい映画のあの美しい景色を、あのいい歌のあの突き刺さる声を、
あのいい画に流れるあの凄まじい時間を、あのいい詩が秘密にするあの芳しい真実を、
ぼくは自分の血肉にしたい。そしてそれだけでいい。
それ以外のなにか、その一切がぼくにとっては明らかに不要だ。