暗いぐらいの家 #11 ラウンドテーブル

今、ぼくが座るラウンドテーブルの反対側で、職人と設計士が、一つの図面に向かって、議論を重ねている。その図面に描かれているのは、ぼくが望んだ家だ。

二人は、ときに興奮して声を上ずらせ、ときに困って押し黙る。職人には職人の、信じる経験値と、誇り高いプライドがある。確かな安全性も考えるし、できる限り長く良いコンディションであり続ける家を建てたい。設計士には設計士の、チャレンジ精神と、溢れる情熱がある。施主の描く理想を実現したいと願うし、機能性や安全性も考えつつ、美しいデザインもまた再現したい。身を乗り出して、あるいは身を仰け反って、「いやーそれは・・・」「あーでもでもでも!」と、議論が続く。それはまるで、ボクシングの試合のよう。熱戦だ。

真剣な二人には申し訳ないと思いながらも、それぞれの思いのせめぎ合いがあまりにも美しくて、つい(の割には、何度も)「良いですねー」「あー楽しいなー」と、歓声をあげた。

 

 

▼最初案内していただいたのは、クローズドなミーティングルーム。そこから、大窓に景色が映えるモデルルームのラウンドテーブルに、打ち合わせ場所を変えてもらった。何も考えていたわけじゃない。なんとなく、ここで話したほうが、気持ち良さそうだった。結果的に、いいチョイスだったと思う。

 

▼夥しい枚数の、新居の図面の上を、建築の専門用語が飛び交う。すべての言葉を拾おうとすると、お互いに、集中力が持たない。専門家間のブレーンストーミングにはあまり首を突っ込まず、程よく聞き流して、「あ、ここは肝心」と感じる箇所だけ、配慮しつつ、しっかり、堂々と、踏み込んでいく。

 

 

「新居を高気密高断熱住宅に」という方向性を決めてから、国興ホームにたどり着くまでに、そう長くはかからなかった。

内覧会に足繁く通い始めた頃に、設計士の横山さんからも、「経験値があって、意思疎通がなるべく取れる、距離的にも近い工務店」という条件から、やはり名前が挙がっていた。こういう情報には、そういえば、なぜか、ぼくより妻のほうが詳しかった。実際、妻は横山さんとともに、国興ホームのオープンハウスを、ぼくより先に、体験している。その頃ぼくは、英国・スコットランドへ、一ヶ月の旅に出ていて、のんきに、原野で詩を書いていた。

 

いわゆる「ご縁」を過度に信奉するのは、好きじゃない。縁があるというだけで仕事を依頼することがどれだけ危険なことかは、デザインという仕事のなかで、嫌というほど見てきた。

国興ホームの社長・田中一興さんは、ぼくが常日頃お世話になっている木工作家の同窓生。そこで働く設計士が、ぼくの友人の同級生だ。さらには、ぼくの友人が編集した書籍(第10話参照)に、国興ホームの施工した家が、事例として掲載されていて、逃げ場のないくらい縁を感じたけれど、それでも決め手を「ご縁」に甘えてはいけないと思った。

縁があると、人はつい感動してしまう。ただ、そもそも人間は群れて命をつないできた生物だ。だから、辿ろうと思えば、縁なんていくらでも手繰り寄せられる。それくらいに捉えておいたほうが、冷静さを失わずにいられて、良いと思う。

 

 

▼この春、事務所を移転した、国興ホーム。この日の打ち合わせは、新事務所で行なわれた。昭和9年(1934年)、田中製材として、創業。今では、新築だけでなく、リフォームや家具製作、ガーデニングまで手がけている。

 

▼こちらは、主に設計士が作業するオフィス。移転して間もないのに、もうすでに、この使い馴染んだ雰囲気。よろしくお願いしますと挨拶をすると、皆さん、妙にかしこまり過ぎることもなく、等身大の、温かな笑顔で出迎えてくれた。

 

▼国興ホームが、建築家・伊礼智氏とのコラボレーションで建設した「つむぐいえ」(長野県松本市)は、2016年、グッドデザイン賞を受賞。一興さんとの初対面は、当時モデルハウスだったこの家で。(写真提供:塚本浩史)

 

 

ぼくの決め手は、「一緒に冒険ができるか」だった。一緒に冒険をするには、ここぞという場面場面で、腹を割って話せるタフさが必要で、かつ、それを望んでいなければならない。補完しあえるような、相性も大事だ。そして、それらすべてを、お互いに認識していること。

例えば、設計士の横山さんは、ぼくらの希望をちゃんと聞いてくれるけれど、建築士としての「家としてこうあるべき」という視座もあるし、一デザイナーとしての理想的な空間もきっとあって、彼女にとってそれが譲れないときは、ちゃんとぶつけてきてくれる。仕事柄、普段はクールだけど、時折顔を覗かせるエモーショナルな本性が、また良い(横山さんが設計を務めるに至った経緯は、第7話参照)。

一興さんの第一印象は、物腰が柔らかい人。でも、ただ柔らかいだけでは、逆に不安だ。そういう時は、とにかく、話す。ぼくなら、考えなしに、とにかく質問する。専門家にとっては、きっとかなり的外れの、ぼくのぼやっとした質問に、一興さんは、詳しすぎるほどの解説を、待ってましたと言わんばかりに、展開してくれた。「ああ、この人は本当に建築が好きなんだろう」と思った。こちらが思いを込めて直球を投げれば、ちゃんと逃げずに打ち返してくれる、そんな気がした。

 

 

▼設計士の横山さん。年齢差や経験差にまったく臆することなく、実現させたい空間のコンセプトやこだわり、可能性を、率直に伝えていく。依頼者である施主の僕や妻に応じるときの雰囲気とは少し違って、専門家同士のプロフェッショナルな掛け合いには、厳しさが増す。

 

▼国興ホーム・社長の田中一興さん。建設業の社長って、もっと距離感があると思っていたけれど、とても身近だ(ぼくが勝手に踏み込んだかもしれないけれど)。議論の展開は、長年のキャリアと実績がある統括部長に委ねていて、寄せる信頼感を、肌で感じた。

 

 

その一興さんは、今このラウンドテーブルでは、ぼくの横に座っている。ひっきりなしに鳴る電話に出つつも、またテーブルに戻ってきて、パソコンで何やら作業をしている。別件の作業かなと思ったら、突然、画像やデータを見せてくれた。目の前で、議論されている課題について、関連した情報を、探してくれていたのだ。かと思えば、議論が熱を帯びたり、停滞したりすると、その中に入って、状況を整理したり、別の方向性を提案したりする。

今から30年ほど前に、父親である先代が始めた、外断熱とハイブリット換気の組み合わせによる「スカイシステム」は、現在の高気密高断熱住宅の、前身のようなものだった。当時同業者から「そんな面倒なことを」と言われながらも信じ、続けてきた試行錯誤の蓄積が、今、国興ホームにはある。一興さんが、代表取締役に就任したのは、平成17年。「それはプレッシャーじゃなかったですか?」と尋ねると、「いや、それがあるから自信を持って、前に進めます」と答えてくれた。

 

 

 

▼竹内澄雄さんは、一興現社長の父で先代の國興氏が、「スカイシステム」に取り組み始めた頃から、働き、その試行錯誤の歴史を共に歩んだ人だ。横山さんやぼくの話を聞きながら、深く、何かを考えている。経験値という、頭のなかの引き出しが、次々に開けられていくのかもしれない。

 

 

あまり長すぎると、編集者にも、読んでいる皆さんにも怒られるから、そろそろ、今号を切り上げなければいけない。でも最後にもう一人だけ、紹介させてほしい。このラウンドテーブルの一員で、熱い議論を横山さんと交わしてくださっている、御年64歳、国興ホーム・統括部長の竹内澄雄さんだ。

この日、ぼくは竹内さんに初めてお会いした。ぼくの両親に近い年代で、まさにベテラン。作業服姿は、いかにも「現場の人」だ。一興さんの柔らかさとは対照的に、瞳が鋭く冷静で、「まっすぐ」な姿勢。だから、冒頭、ぼくは内心、緊張した。

ところが、打ち合わせが徐々に白熱して、課題の残る各所についての議論が熱くなるにつれ、竹内さんの発する言葉や沈黙、図面に落とす視線に、ひしひしと伝わってくるものがあった。職人としての思い、こだわりだった。

こんな人が、ぼくと「一緒に冒険する」と決めてくれるなら、こんなにも嬉しいことはない。ぼくのことなど気にも留めずに、図面を挟んで、横山さんとああでもないこうでもないと話している。いい冒険ができる。そう思った。ぼくがなぜ「良いですねー」「やあ、良いなー」と思わず歓声をあげてしまったのか、その訳を、少しでもご理解いただけただろうか。

 

 

 

▼ラウンドテーブルは、英語で「円卓」を意味するのと同時に、「出席者に明確な序列を定めない会議」のことも指す。1980年代末、東欧革命の時期に、東欧の共産主義政権と反政府運動家とのあいだで行なわれたのも、この「円卓会議=ラウンドテーブル」だった。この世界には、さまざまな立場、それぞれの経緯、そして多種多様な考えや思いがある。その差を超えて、何か一つのことを為そうとするとき、ぼくらは、「両サイド」に分かれるのではなく、等しく円を囲む必要がある。

 

 

ぼくの目の前で繰り広げられたこの光景を、多くの場合、施主は見ないのだそうだ。通常施主は、この議論が済んだ後の報告のみを、設計士などから、受け取る。

でも、ぼくは、同じテーブルに、全部広げて、とことん本心で、意見を交わす手法と取りたかった。多くの人がかかわるような仕事は、誰かがめげたり、怒って投げ出したりしたら、成り立たない。一度走り始めたら最後やり遂げるまで、このテーブルに座り続けなければいけない。だから、最初のうちに、その場に居合わせて、一緒に冒険できるのか、見定めたかった。ただの「客」としてではなく、家を作る一員として、施主はこのテーブルにどう座るべきか、考えたかった。

今回は、ぼくが無理を言って、その場に立ち会わせていただいた。おかげで、また一歩、新居「暗いぐらいの家」が、リアリティーを持って感じられるようになった。快諾してくださった国興ホームの皆さんに、この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

 

 

 

株式会社国興 / 株式会社国興一級建築士事務所
〒399-0026 長野県松本市寿中1丁目9-25
会社ウェブサイト: coccohome.jp
つむぐいえ特設サイト: tsumuguie.jp

 

 

 

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